以前の私は、保険に「安心」を求めていました。
医療保険、がん保険、そしてドル建ての貯蓄型保険。万が一の備えと貯蓄を兼ねているならお得だろうと、深く考えずに契約していたのです。
でもあるときふと、こう思いました。
「保険って“貯金”じゃないよな?」
そこから、私の保険との付き合い方は大きく変わっていきました。
保険の本質は「確率×損失」
そもそも保険とは、本来自分ではどうしようもないような大きな損失に備えるものです。
いわば“低確率・高損失”のリスクに備えるための手段であり、何もなければ損をして終わるのが本来の姿なのです。
つまり保険とは「損をしてもいい」と思えるお金を支払って、万が一のときだけ受け取る“相互扶助の仕組み”。
それなのに、私は「どうせ払うなら戻ってきたほうがいい」と思い、
ドル建ての貯蓄型保険に加入してしまっていたのです。
この考えは、当時の私にとっては「賢い選択」に見えました。
しかし実際には、リターンを期待して保険に入り、それが結果として保険の本来の目的を見失わせていたのです。
「保険で貯蓄」は本末転倒だった
貯蓄型保険は、貯まるようで貯まらない。
為替リスク、途中解約の元本割れ、そして保険料の高さ。
見かけの返戻率や「◯年後には○○万円戻ってくる」といった甘い文言に惹かれましたが、
実際にはその間の柔軟性が大きく損なわれ、もしものときに使えないお金になっていたのです。
一見すると将来の安心に見える仕組みでも、よくよく見ると“ギャンブル性のある商品”に過ぎなかったと気づきました。
保険はあくまで保険。貯蓄や投資は、別で行うべきだったのです。
保険の構造は“ギャンブルと同じ”?
多くの人が保険料を支払い、その中から一部の人に給付される。
そして保険会社はリスクを統計的に管理し、確実に利益が出るように設計されている=常に“胴元”として儲かる立場にいます。
つまり、保険は「起こらないことに賭けるギャンブル」とも言えるのではないでしょうか。
しかも、そのギャンブルには“手数料”が保険料にしっかり上乗せされています。
多くの加入者は損をし、ごく一部だけが得をする──そんな構図が見えてくるのです。
漠然とした不安感をお金を対価にして解消しているに過ぎません。
しかし、しっかりと知識を持っていれば、そもそも不安を抱かずに済む。
つまり「不安をお金で買う」のではなく、「知識で不安を消す」ことが、結果的に無駄な支出を減らすことにつながるのです。
我が家が選んだ「最低限の保障」
今、我が家が入っているのは掛け捨ての定期死亡保険のみ。
一家の大黒柱に万が一があったとき、家族が生活を続けられるための最低限の保障です。
医療費は高額療養費制度、収入減には傷病手当金など、公的保障が思った以上に手厚いことを知ったのも大きかった。
「不安だから保険」ではなく、「知識で備える」という姿勢に変えてから、保険料は月々数千円に。
かつては月2万円以上かけていた保険料。いまはその分、貯蓄と投資に回すことができています。
その結果、将来への不安はむしろ減りました。なぜなら“いつまで払うか分からない高い保険”ではなく、
“いざというときの備え”を自分の意思でコントロールできているからです。
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